日々、雲のように流れて行く事象。世界中はエアに包まれている


by tenkuunomachi
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30

散逸

不思議な夢を見たよ...。なぜか、その夢は強く印象に残ったんだ。





                      散逸


 気がつくと僕は一人、電車に乗っていた。しばらくの間、何故、自分がこんな所にいるのか判らなかった。
車窓から見える景色は見覚えのあるものだった。流れていく風景...。そろそろ電車のスピードが落ちるはずだ...。今、目のあたりにしている景色は僕がいつも利用する駅の周辺の場所だ。
 車窓からは草一つ生えていない広大な田んぼと、遠くの方に小さくビルが見える。このあたりも春になれば緑があちこちに見えるようになるのだが、冬の間は緑はセピア色の大地や木々の中にひっそりと身を隠してしまう。
 
 冬は寒いからあまり好きではないが、景色はとても綺麗だ。都心のあたりはビルに囲まれ、車の排気ガスと街の騒音に包まれてしまい、季節の移り変わりを感じることなどできないが、家の辺りにはまだ自然が沢山残っている。
 冬の景色のどこら辺が素晴しいのか?人によって意見はまちまちかもしれない。
僕は冬の精麗なふいんきが気にいっている。すべての葉を落とした木々は初めてそのシルエットをまわりにさらけだすわけだが、これは一種の潔さかもしれない。
僕は毎年、その光景を親が我が子を見守るような態度で見つめてしまう。彼等、裸身の者達は一切の汚れを払ってなにに望もうとしているのであろうか?自分には決してわかる事のできないその`何か、を一生懸命に感じ取ろうとしてじっとその場に立ちすくんでしまう時がある。
 そして彼等、裸身の木々の間から見える澄みきった空。高く、どこまでも高く...。その空には一体なにが映るのか...。
それらすべての感覚が僕にとって憧れのようなものであり、同時に遠く離れていて欲しいもののようにも感じる。威厳を感じさせるその空気は、厳しさと清廉さの象徴なのかもしれない。

 冬の良さに思いを巡らせていたからかもしれない。気がつくと電車はいつのまにか降りるはずの時坂駅に止まり、また動き出してしまった。
「おい、ちょっとまてよ!俺、降りるんだって!ちょっと、あ〜っ」
シートから腰を上げた時には扉はすでにプシュウッと無情な音を発して閉まってしまった。
シートの下から吹き付ける風があまりにも暖かかいせいであろうか、ついそのまま現実を忘れてうたたねをしてしまいそうになる。考え事や空想に耽ってしまってもおかしくはなさそうなものだ。
まあいい、どうせすぐ次の駅に止まる。そしたらこの電車の上りに乗り直せばいいんだ。そうだ、この電車は終点までは行かず、次の駅で上りに変わるんだ。なんだったらこのままこの電車に乗って時坂駅まで戻ったって構わないじゃないか。
その時はそう思って安心したのだ。
しかし、安心はすぐに不安に変わった。急に、車内放送が流れ始めた。
「え〜、本日は千石本線をご利用いただきましてまことにありがとうございます。この電車は次の南時坂駅には止まらず、そのまま終点の思いでの里駅まで行きます。なお、この電車は時坂駅から急遽、特別快速に変更いたしました。ご乗客の皆様、どうぞよろしくお願いいたします」

 なんだって!
一体、どういう事なんだ。おもわずシートから飛び上がった。こんな事があってたまるか。突然、特別快速に変更になったっていうのはどういうことなんだ。だって、この電車は各駅停車なはずだぞ!
それはきのう今日に急に決められた事ではなくて、僕が高校に通うために利用している時から、いや僕が生まれる以前からの決まりごとみたいなものだ。それに、だいたい思いでの里なんて駅、この沿線沿いには存在しないはずだぞ!!
「ねえ、皆さんだって変だと思うでしょう!」
この不測の事態にどう対処していいのかわからず、まわりの乗客に賛同を求めた。
しかし、
「あっ!」
そうだ。最初から変ではあった。何故その事にもっと早く気がつかなかったのだろう。
 車両には僕以外には誰も乗っていなかった。
この電車は朝の通勤時間帯には乗車率が120パーセントを超えるほど混む。よほど朝の早い時間帯とか始発でない限り一つの車両に必ず何人かが乗っている。
だが、今この車両だけでなく、見渡せる限り、隣の車両にもまたその隣の車両にも人ッ子一人として乗っていないのだ。つまり、今この電車の中には車掌と僕だけしか乗っていない可能性が高いのだ。
この不条理な状況はすべて車掌が仕組んだ事なのであろうか?でも一体何故?なぜ僕が選ばれたのだろうか、何故、僕が犠牲になってしまったのであろうか!
 僕はじっとしているわけにはいかなかった。まず、誰か人を探さなくては...。きっと僕と同じようにこの電車の中をうろうろしている人がいるはずだ...。


「誰かいませんか〜」
僕は車両から車両へと歩いていった。
冗談じゃあない。一体なんで僕がこんな目にあわなければならないのだ。

車両の両側に備え付けてある焦げ茶色のシートには時々 木々のシルエットが映る。
僕は進路方向と反対の方に流れていくそのシルエットに目をやりながら、なお先頭へと歩いていった。
少し歩いて行くとまた異変に気がついた。 車内刷りのポスターが一枚もないのである。
おかしい。これはおかしい...。いつもならば、必ず同じ週刊誌の予告ポスターがいたるところに貼られているはずである。しかし、この車両にはどこにも貼られていない。
また少し先へと進むと今度はいよいよ吊革までもがなくなってしまった。
「え〜、嘘だろ、一体、どういう事なんだよ!」
変なんてものじゃない。これは異常事態だ。
いよいよ怖くなりだし、外を見た。
すると外には紅葉が美しい木々が広がっている。時々、バサッ、バサッ、と枝が窓にぶつかる音がする。
「そんな、だって今は冬でしょう!」
いったいこの電車がどこら辺を走っているのかは分からないが、今の季節は確かに冬であり、紅葉が美しい木々などそう見れるはずがないのだ。

すると、また車内放送が流れた。
「お客さん、そんなにあせらなくてもまったく大丈夫ですよ。大丈夫です。はい。なんの心配もいりません...」
僕は天井に向かっておもいっきり叫んだ。
「嘘だ〜!そんなはずはない。これが現実なんかであってたまるかあ!」


 すると、その言葉がキーワードでもあったかのように、突然、視界が暗くなりだした。
「ああ、助けて...」
意識を失ってしまう前に最後の抵抗をしようとした。
暗闇のなかで鶏の鳴き声が聞こえた。
目の前にはうっすらと蛍光灯の照明が見える。
あれ?
最初、自分が何処にいるのかわからなかった。
しかし、すぐに意識がはっきりとしてきた。
今、自分はベットの布団にくるまっている。ここは自分の部屋だ。という事は、さっきのは全部夢だったのか...?
「ああ...」
急に安心感が湧いてきた。
まったく、寝ている時くらいは電車に乗る夢なんてみたくないよな...。ただでさえ、通勤の時は毎日つらい思いをして電車に乗っているんだ。せっかくの休日なんだ。せめて夢の中だけでもいいからどこか素敵なところへ出かけた夢でも見てみたいもんだ...。

しばらくの間、目が醒めていたが再び眠りに入っていた。

すると、また電車特有の音が聞こえてきた。
ゴトン...ゴトン...。
また、僕はさっきのところに連れ出されていた。
僕はさっき意識を失いかけたところにつったっていた。
「いい加減にしてくれよ!」
吐き捨てるようにそう言った。
それに反応するかのようにまた車内放送が流れた。
「いやあ、お客さん、急にここからいなくなっちゃったもんだから心配しましたよ。いやあ、あまり無茶な真似はしないでくださいね」
「無茶な真似ってなんだ!いったいなにが無茶だってんだ。くそっ!何故、俺がこんな電車に乗っていなきゃならないんだ」
スピーカーに向かって怒鳴ってみた。
すると車掌はしばらく沈黙していたが、今度はなだめるような口調で僕に話しかけてきた。
「いやあ、そういわれましてもねえ...。あなたがこの電車をご利用したいと願ったのでございますよ。でなければ、私、こうしてあなたを向かえに来ることなんてありませんでした...」

「じょ...冗談じゃない。誰がそんな事、望んだ。いいがかりだ。今すぐ俺を時坂駅に降ろしてくれ」
足を踏み鳴らして叫ぶと車掌はおかしそうに言った。

「あなた、これが夢の中である事はさっき知ったはずですよ。時坂駅に戻ってどうします?また普段どうりに駅からバスに乗って自宅へ帰りますか?」

そうだ!これは現実ではないのだ。夢の世界なのだ。

「あっ、お客さん。あぶない。そんなに強く認識してはいけません。まだ、あなたは慣れていないのですから...。まだ、あなたは夢の中にうまくとどまる方法を心得ていないのです。そんなに強く自覚してしまってはそのショックで再び目が醒めてしまいます」

そうか、今 一瞬感じためまいはそのためであったのか...。危ない。目を醒ましてしまうところだった。
しかし、すぐ疑問が湧いてきた。
「ちょっとまてよ、いったいなにが危ないんだ。ここでもう一回、目を醒まして、再び眠りにつく。
そうすれば今度は別の夢が見れるかもしれないじゃないか」
すると、車掌があわててそれを否定した。
「あなたは人の苦労というものをまったく分かっていない。酷い人だ。実に自分勝手な人だ。私があなたを再びここに連れ戻すのにどれほど苦労したと思っているのですか?いいですか、少しこっちの事も考えてくださいよ」
なにが、苦労しただ...。余計なお世話だ。
車掌はなおも続けた。
「あなたの背中のあたりを触ってください」
僕はいわれるがままに触ってみた。
「なにか、ロープみたいなものがくっついていますね」
確かにそのとうりだ。なにか細長い紐みたいなものがくっついている。
「そうです、それがコードです。わかりますか?さっきはそれが切れずにうまく くっついてくれてたために無事ここに戻ってこれたのです。これが勝手に切れると、もうここには戻れなくなってしまいますよ」
そういわれると、なにかとても重大な事にかかわってしまった気がしてきた。もはや自分一人の問題ではない気がしてくる。
「大切にしてください...。お願いします。それは勝手に切ったりしてはいけないものなのです。あちらの世界に戻りたい時はきちんとした手順を踏んでほしいのです」
なんだか、とてもいけない事を僕はやってしまったらしい。
「ちゃんと、僕は目を醒ます事ができるんですね。突然、眠ってしまい、こちらの世界に連れ戻されたりしないのですね。もしそんな真似をされたりしたら困りますよ。僕だってあちら側での生活があるんだ...」
僕はいつのまにか敬語になっていた。
すると車掌は子供に言い聞かせるようにゆっくりと言った。
「大丈夫ですよ。その点はなんの心配もありません。別にこの旅はいそぎではない。あなたが納得するまでこの旅は続くのです。わかりますか?すべてあなた次第なのです。こちらの要求はただ、こちら側とあちら側を行き来する時には一言、断わってくださいよ、と、これだけなのです。それが私とあなたの間のルールなのです」
そう言われるとなんだか安心してきた。車掌の言い方には高圧的なところがない。僕が納得すればこの旅は終わるのだ。ただ簡単なルールを守ればいいだけなのだ。

しばらくおいてから僕はスピーカーに向かって言った。

「わかったよ。じゃあ、もう少し付き合ってみるか...」

どうやら、この電車には車掌と僕以外は誰も乗ってはいないようだった。
僕は車掌に会うために先頭へとずっと歩いていった...。



 しばらくして車内放送が流れた。もうこれで何回目かはわからないが、車両内に一人取り残された僕にとって、いつのまにかこの声が頼りがいのあるものになっていた。
 「どうですか、ここら辺までくるといよいよ寂しくなってきたでしょう...。実は終点の思い出の里駅まではもうすぐなんですが、終点といっても特別変わったところではなくてねえ...。まあ、なにかしらの体験でもできるといいのですが...」
そうか、もうすぐ着くのか...。しかしそう告げられても、そんなに解放感が湧いてはこない。夢の中なので時間の感覚があまりはっきりとしない。かなり乗っているはずなのに一向に疲れないのだ。そういえば、不思議な事に何両も移り歩いているはずなのになかなか先頭が見えてこない。
 
 次の車両に移ろうとした時電車が大きく揺れた。
「おい、危ないじゃないか」
とっさに手すりにつかまりなんとか転ばずにすんだものの、かなりの衝撃があった。
「え〜、ただ今、停止信号が赤になっています。青になりしだい出発いたします」
停止信号?随分とリアルだな。これも僕の想像力が生んだ産物なのであろうか。

 しばらくすると、別の線路に新たに列車が入ってきた。
ブルートレインのような外観のその列車はややくたびれた音をたてながらゆっくりとこの電車を追い抜いていった。
 列車が完全に過ぎ去ると再び放送が入った。
「え〜、ただ今、停止信号が青になりました。まもなくこの電車は発車いたします」
 僕は急いで窓を引き上げると、今過ぎ去っていった列車の方角を見た。
列車はすでに遠くの方を走っているせいか小さくなって見えずらくなってしまった。
「今の列車は...。一体...」
今さっき通過した列車の車両にも誰一人として乗っていなかったように見えた。
疑問を抱くとそれに答えるようにすぐに放送が入った。
「今のは、つまり...、他人の夢の中に存在する列車なのです」
他人の夢の中?
これは僕の夢の中ではないのか?一体、何故、他人の夢が混在しているのだ。
すると、車掌はまたその疑問にたいして答えた。
「信じられない事かもしれませんが...、これは単純にあなたの夢の中の世界ではないのです。正確にいえば、時坂駅を少し過ぎたあたりまでは純粋にあなたの夢でした。いや、それも正確ではない。正しく言うのならばあなたの夢の中に私が潜りこんだのです。そしてあなたを純粋なあなたの夢の中から引っぱり出した。そして、あなただけではなくあちこちの人々があなたのように自分の夢の中からそっと引き出され、こうして夢の里駅へと向かうのです」
「なんだ。それではまったく現実と変わらないじゃないか。でも何故、そんなことが...」
「それは...、いえ、直接、あなたがお確かめになるといいでしょう...」
「おい、それともう一つ教えてくれよ。一体いつになったら先頭へとたどり着けるんだ」
「そんな事簡単です。あなたが先頭に行きたいと心の中で念じればいいんです。あなたが先頭にたどり着けない理由は、いつになったら...、と不安になるからなんです。そうするとあなたの夢の一部でもあるこの電車はそれを敏感に察知して余計にあなたを困らせてしまう。多分これはあなたの本来の性格が原因なのでしょう。
 痛いところをつかれてしまった。まったくだ。僕はどちらかというと逃げ腰な方で、嫌な事や重大な局面を避けようとする傾向がある。
いったん諦めてしまったり、挫けそうになると、心の蓋が閉まってしまい、思考回路が麻痺してしまうのだ。まさか、それを夢の中で指摘されてしまうとは無意識の内にそんな自分を改善したいと思っているのだろうか...。
しかし、夢の中で自己反省をするはめになるとは...、まったく夢にも思わなかった。

 とにかく先頭に行ってみよう。
そう強く念じた瞬間、僕はいつのまにか古びた車両の床に立っていた。
まず足元を見て驚いた。
床が木でできている!いや床だけではない。シートも木でできている。シートはさっきまでは一列に座れるようになっていたが、今度は対面型の四人座りに変わっている。
天井を見ると蛍光灯のかわりに裸電球になっていた。
「うわあ、おもいっきしレトロじゃないかよ。すごい」
「お客さん、この形は私の趣味でしてね...。どうしても先頭車両だけはこの形にしておきたかったのです」
今度は放送ではなく直接、車掌室から声がした。
木でできたドアは半開きになっている。
僕は思いきって尋ねてみた。
「車掌さん、そっちにいってもいいかい?」
すると、優しい声が返ってきた。
「いいですよ...。どうぞ、遠慮なさらずに...」

なんて言ったらいいのだろう。車掌はまったく僕の想像どうり、どこにでもいそうなおじさんであった。もしかしたら、現実の世界で一度くらいは会った事のある人なのかもしれない。
もしそうだとしてもなんら不思議はない感じの人であった。
 「あの、どこかで一度会ったことあったけ?」
車掌は首を振った。
「そう、でも正直なところ、あなたってどこにでもいそうな感じの人だったから...」
「あなただって、どこにでもいそうな青年ではないですか」
「まあ、それは確かに言えているな」
そう言って互いに笑った。

「で、もうすぐ思いでの里駅に着きますよ」
そう言われると急に期待が湧いてきた。

「ねえ、思い出の里駅には一体なにをしに行くんだよ」
僕がそう尋ねると車掌は困った顔つきになった。

「それは、あなたが決める事なのですよ。私はなにも言えないのですよ...」
僕が決める?何故、一体どんな理由でそうなったんだ。

「とにかく着けばわかります。ほら、見てごらんなさい」
そう言って車掌は運転席の正面ガラスを指差した。

「あっ、あれが、思い出の里駅かい?」
車掌の指差す方向には小さく駅が見えた。

 平凡な駅じゃないか...。
それは確かに、とてつもなく変わった駅であってほしいなんて思いはしなかった。
 SF小説に出てくる様な、そこらじゅうが光と機械に覆われた駅であったらどんなもんだろう...、とか、ものすごくクラシックなふいんきのある駅、そう、まだ日本に電車というものが開通してまもない頃の駅(実際のところ、どんな感じかは正確にはわからないのだが)であったら情緒も感じられるだろう...。と考えはしたが、なにもそこまで望んではいなかった。ただできるだけそのふいんきを味わえるようなところであったらいいだろうな、と思っただけだ。いやそうなってほしいと心の中で期待していたかもしれない。でも、少しぐらいは妥協する気持ちもあった。
が...、
まさか
[PR]
by tenkuunomachi | 2004-07-14 20:29 | ショート小説