日々、雲のように流れて行く事象。世界中はエアに包まれている


by tenkuunomachi
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刹那

伽奈_
 「由宇奈ったらちょっとまってよ〜」
そういわれて振り向いた少女は微笑んでいた。
後ろから少し遅れてもう一人の少女が走ってくる。
「伽奈ったら、いつも遅いんだからあ」
そう言ってまた微笑んでみせる。
後ろから走ってくる少女は少しばかり茶色い髪を振り回すようにしてこっちに向かってくる。
真っ白な夏用の制服に紺のスカートをはいた少女、伽奈は透き通るように白く細い両腕.両足を懸命に動かして走ってる。
「伽奈、もう少し!頑張って!」
三つ編みをきつく結んだ少女はその艶のある黒髪とは対照的にその肌は雪のように白く透き通っている。
「もうっ、由宇奈ったら私が体が弱いの知っているくせに」
ようやく追い付いた伽奈は息をきらしながらも由宇美を責める。
しかし、由宇奈の方はけろっとして言い返す。
「そんなの承知よ。でもたまには運動も必要でしょ?」
笑いながら言う由宇奈は昼さがりの陽光に照らされて眩しい。
「もう、そんな事いったら由宇奈だって体が弱いくせに。なによ、なによ」
そう言って責める伽奈ではあるが、少しも本気ではない。
「ほら、伽奈、今日は渋谷に買い物に行く約束でしょう。せっかくの土曜日なんだもん、学校から早く解放されて早く遊ぶのだあ!」
「ふふっ、由宇奈そういえばあの服が欲しいって言ってたものね」
「そうよ!なんていったて今日はバーゲン初日だもん!はやく行かなくちゃ、それだけチャンスが減るってもんよ」
由宇奈は黒縁ち眼鏡の奥にある瞳を輝かせてそう言う。
あいかわらずきれいな瞳だなあ...。と伽奈は由宇奈の顔を見ながら思う。
「どうしたの?伽奈。わたしの顔になにか変なものついている?」
伽奈は切なそうに瞳を細めてかぶりをふる。
「由宇奈って、本当に綺麗な瞳なんだもん。まったく邪気のない透き通った瞳、髪と同じく艶のある黒曜石みたいで...」
由宇奈は少し顔を紅く染めて見せるがすぐに返事を返す。
「伽奈の瞳だってフランス人形みたいじゃないの〜。その茶色い髪だって自毛だしさっ」
伽奈は悲しげにかぶりをふる。
「私の場合は体のなかの色素が少ないらしいの。だからこの肌も由宇奈と同じように見えて微妙にちがうの。私の場合は貧弱な、欠陥だらけの肌なのよ」
「な、なにを言っているのよ!自分の体の事をそんな風に悪くいうなんて許さない!他の人ならばともかく伽奈はそんな事を言っちゃ駄目!」
そう言われて伽奈は照れてみせる。心の中で由宇奈のこの台詞を期待していたのだ。
由宇奈もそれをある程度わかっているからわざと強調して言う。
実際に由宇奈も伽奈もお互いの存在をとても大切にしていたし、それを確認するための言葉にはいつも熱が込められていた。
「とにかく、今日は渋谷に買い物に行くのだ!」
「わかったわ、由宇奈。早速渋谷にゴーよ」
二人はいつもこんな調子で行動していた。
まるでアニメの中に出てくる可愛いキャラクターを演じるように、二人共ふざけあってみたり、冗談を言い合うのだった。
 しかし、そんな二人ではあったが、内心では由宇奈は伽奈に対して友達以上の気持ちでいたし、伽奈の方は由宇奈の事を特別な友達として大切にしている。
まわりから見れば仲の良すぎる二人であった。
由宇奈_

「由宇奈、聞いて。私ね今、ある男の人から付き合って欲しいって言われているの。由宇奈だったらどう返事する?」
突然に伽奈は由宇奈にそう質問してきた。
「ちょっと待って、今欲しいもの探しているところだから」
二人は今 人だかりのできたバーゲン売り場で悪戦苦闘していた。といっても実際に苦闘しているのは由宇奈の方であり、伽奈の方はまったく今の状況を把握できていないかのような様子である。
「ちょっと、前のあんたそこどいてよー。あんたみたいなおばさんにはその服は絶対に似合わないって」
「あ、あのね由宇奈ねえ聞いている?私ねえ...」
なおも伽奈は由宇奈に語りかけている。半分以上 自分の世界に入ってしまっているのだろうか。
「ちょっと、そこでボーとしているあんた!なにも買わないのならそこどいてよ!」
後ろから体をねじりながら強引に割り込んできた中年太りのおばさんが伽奈を押し退けようとした。
「きゃあ!」
伽奈の悲鳴を聞いた由宇奈はせっかくつかんだワンピースを手放し、悲鳴のする方を振り向く。
伽奈はぶざまにも床に座り込んでいた。
「だ、大丈夫、伽奈」
「だ、大丈夫だよ。由宇奈」
そう言って伽奈はVサインをしてみせた。
「とにかく、ここを離れよう。伽奈」
「えっ、いいの?ワンピースは?」
「別にいいよ。あんなの、どうせ去年はやったやつだし」
そう言って由宇奈は伽奈の手をひっぱりながら人ごみから抜け出した。
伽奈はもうしわけなさそうに由宇奈をみつめる。
由宇奈にとってはこうしてみつめられるだけでもたまらなく嬉しかった。
もしかしたら由宇奈は伽奈に淡い恋の感情すら抱いているのかもしれなかった。
「ところで、さっきの話ってよく聞こえなかったんだけれども...」
デパート内を出口に向いながら由宇奈はそう切り出した。
後ろからとことこついてくる伽奈は困った顔をしながらも、嬉しそうに口を緩めながら由宇奈を見つめる。
「あのね、私、近くの高校の男子生徒から交際を求められたの。もちろん、お互いによくお互いを知らないし最初は友達になろうってことで...」
由宇奈の足どりが少し早くなる。
急に由宇奈の心の中に暗雲が広がった。
そんな台詞 伽奈の口から聞きたくない!そう今にも叫んでしまいたい衝動を懸命にこらえる。
「へ、へえ、それで肝心の伽奈はそれにたいしてどう思っているの?」
由宇奈は作り笑いをしてそう質問する。
「あっ、おこっちゃった?私だけ勝手に男の子と知りあっちゃった事」
「いや、別に怒ってなんていないよ、たださっきの興奮がまだ完全に冷めてみなかったみたい」
由宇奈はその気持ちとは裏腹に澄ました顔でそう言う。本当はこらえきれないほどの不安がうずまいているのだ。
「い、いやその...。私のせいで買い物を中断させちゃってご免なさい」
伽奈は真剣な表情で由宇奈に謝る。
伽奈。可愛い子なんだけれども、どこかボケた感じの子...。いや、普通の人ならば私のこんな気持ちに気がつくはずはないか...。私、やっぱり伽奈のこと好きなんだ。きっと誰にも取られたくない程に伽奈だけを愛している。
「とにかく、どこかの喫茶店にでもはいって話の続きを聞かせて」
気づかれては駄目。伽奈とは今までどうりのいい関係でいたいから...。
由宇奈は爪が手のひらに食い込むほど強く握り締めながらぐっと自分の感情を押し殺す。
由宇奈ったら握り拳なんてつくっちゃて、まだバーゲンのこと気にしているのかな...。
伽奈は心配そうな目で由宇奈を見た。
私の本心は誰にも悟られてはいけない...。由宇奈は笑顔の奥底でそう頑なに決心するのであった。
心の揺れ_
 
「伽奈、いつもの喫茶店でも構わない?」
「あっ、うん。全然かまわないよ」
「じゃあ、それで決まりね」
由宇奈はさっさと決断をくだすと伽奈の手を引っぱるようにして歩きだした。
「あっ、ちょっと早すぎるよ、まってよ由宇奈、もっとゆっくり歩いてちょうだい」
伽奈が少し苛立ちを込めた声で反発するが、由宇奈はそんな事にかまうことなくスタスタと歩く。
 
 渋谷独特のにぎやかさから少し外れた閑静な場所にいつも二人が利用する喫茶店がある。
由宇奈と伽奈が入った喫茶店ベルはここ渋谷の街が一望できる所にある。ビルの9階に作られたこの喫茶店は利用客が少ないので落ち着いてくつろげる場所だ。店内は煉瓦とクリーム色の壁が基調となっており、壁にはある一定の感覚で水彩画が飾られているみたいだ。照明は店内を優しい光で満たしてくれる白熱灯であり、木で作られたテーブルと椅子がその光を受けてより一層の艶を出している。カウンターを除くどのテーブルにもそれぞれ四人分の椅子が用意されているようだ。そして、そのテーブルの上には決して邪魔にならない小さなグラスが一つ置いてある。グラスの表面に細かな小さいヒビが無数に走っているがこれは細工だ。なにか特殊な焼き方でもしてあるのであろうか。
二人が窓際の席に腰掛けるとすぐにウエイターが注文をとりにきた。
「あっ、二人ともアイスコーヒーでお願いね」
由宇伽はほとんど伽奈の意見を聞かずにさっさと注文を決めてしまった。
ついつい気がせいてしまう。
早く伽奈の秘密を知りたくてしかたがないのだ。
「さっき、私に話してくれた男の人ってどんな人なの?」
由宇伽は自分の心を悟られないようになるべく落ち着いて喋った。
伽奈も覚悟を決めたかのようにゆっくりと話し出した。
「う、うん、なんていうのかなあ、最初はあっ、なんかもてそうなタイプって感じただけ...」
「それだけ...?」
「うん、まあ、それだけって事はないけれども、とにかくまったく知らない人からいきなり交際なんて求められてしまって驚いてしまいました...」
由宇伽も伽奈も女子校に通っているので男子生徒との出会いは少なくなってくる...。はずなのだが、うちの女子校には美人が多いなんていう妙な噂があちこちに広まってしまっているせいか、放課後になると校門の前に見知らぬ男子達がずらっと並んでいたりする。うちの生徒達もまんざらいやな気はしてないらしいが、どんな状況でもチャンスのない人間、つまりこの場合もてない人間はいるもので、そういった一部からは非難がとんでいる。
 由宇伽は決して男性は嫌いではない。恋ならば小学生の時に一回だけしたことがある。しかしあまりにも無謀ではあったが...。由宇伽が惚れてしまった男性は妻子持ちの先生であった。
「まわりの男の子なんてまったく相手にならないんです。先生、私、先生みたいな頼れる男性が好きなんです。先生、10年後で構いませんから結婚してくれませんか」
小学6年の時であった。由宇伽の理想の男性はまず、頼れること、安心させてくれる人である。そしてたまたま、担任の先生を好きになってしまったのだった。
今、由宇伽が何故、これほどまでに伽奈のことを愛しく思うかといえば、伽奈の弱々しくも可愛らしい魅力に強くひかれてるからかもしれない。伽奈は自分にはないものを持っている。そんな気さえするのであった。
伽奈は私の事をどんな風に思っているのだろうか...。
「ねえ、由宇奈だったらこんな時どうするの」
伽奈は少し顔を紅くそめながら由宇奈の顔をみつめる。
これは私にそんな男のことなんて振ってしまえって言ってほしいってことかしら...。それとも...。
一息ついてから由宇奈は自分の感情とはまったく逆の事を言った。
「そいつってかっこいいんだろうね。伽奈の事をそこまでとりこにするぐらいだから...」
「由宇奈...。そんな、私...。そんな事を聞きたかったわけじゃない...」
伽奈は切なそうな瞳を由宇奈から外し、窓の外の方に移す。
「ちょっとまってよ伽奈!いったいなにがどうしたのよ」
泣きたい感情を懸命に堪えてみても声に出てしまう。
一瞬、あまりにも大きな声であったので二人を包みこんでいた空気が振動したかのように感じられた。
伽奈は驚いたように由宇奈の方を見る。
「私にどんな答えを求めていたわけ?あなたがその男のことを好きならばつきあってみればいいじゃないの」
伽奈は唇をわなわなと震わす。
「ごめんなさい、でも由宇奈ったら急に私にたいする態度が冷たくなったから...。なんで、私が男の人とつきあおうかどうかって言い出したら突然...」
伽奈の茶色い瞳が光でいっぱいになる。今にも涙がこぼれそうになっている。
「ごめんね、伽奈はなにも悪くないんだよ...。私がただ自分勝手だっただけ。本当にごめんなさい」
急に由宇奈はしおらしくなる。そうだ、伽奈は私とは違う。全部違うんだ。
「由宇奈...。私、どうしたらいいんだろう...。私、由宇奈のこと好きだよ...、とっても。でもさっきから話している男の人のこともちょっと好きかもしれない。ねえ、由宇奈、私がその男の人に気持ちが完全に傾いてしまったら怒る?」
伽奈は絞りだすように喋りだす。
由宇奈は目を閉じた。
伽奈...。私、今すぐにあなたを抱きしめてしまいたい。あなたしか目にはいらないの。伽奈、あなたとは多分違う意味であなたのことを好きなんだわ...。でも、今それを言ってしまったら...。
「由宇...奈?私、なにかまずいこと言っちゃった?」
伽奈は心配そうな目で由宇奈を見る。瞳のまわりが赤く腫れている。
「伽...伽奈ね...私...」
由宇奈の鼓動が早くなる。何故か体中に快感が走り抜ける。きっとものすごく興奮しているんだ。
私は今からだいの親友の伽奈にとんでもない事を告白するんだ...。
それがどんな結果を招くか予想しているのにやめられない...。そうよ、この先こんなに苦しい思いをするくらいならばいっそうの事ここで壊してしまえばいい。
由宇奈。あなたは今から自分自身の偽りを壊すの。きっとものすごくつらくて悲しい事になる。それでもこれで、この一言で諦めがつくのならば...。伽奈が私を嫌いになってくれれば...。そうすれば、きっと私も諦められる。私はきっと禁じられた恋をしている。このままじゃ、私は地獄に落ちるでしょう...。だからそうならないためにも...。
_覚悟しなさい。由宇奈。あなたは今から裁きを受けるのよ。でもきっとそれであなたは救われる_
「伽奈、私ね、どうやらあなたの事を本気で愛しているらしいの!」
由宇奈は大きな声ではっきりとそう言った。
伽奈の表情が一瞬凍り付く。
まるで金縛りにあったかのように伽奈は動かない。
「フフフ...あ〜あ、私って馬鹿みたい。よりによってこんな事言ってしまうなんてね」
そう言って由宇奈は自虐的に笑って見せる。笑いでもしなければこの重苦しい沈黙は永遠に続くだろう。
伽奈はそれまでの穏やかだった調子から一転して急に緊張してしまう。
由宇奈だけが自分の招いたミスをとりつくろうかのようにあたふたとする。
由宇奈の心の中ではパニック状態に陥っていた。自分の不幸に酔いしれている場合ではなかった。とにかく伽奈をまず安心させなければならない。このままじゃ息苦しさのあまりどうにかなってしまいそうだよ〜!
「伽...伽奈?い、今のは全部嘘なのだ〜!ほんの冗談だって、ね、伽奈と私の仲でしょ。私が冗談言っているってすぐに気がつかないなんて、一体どうしちゃったのかな?」
伽奈はピクリとも動かない。
「そ、そうか、伽奈もとうとう恋に目覚めたわけか。うん、どれ、一つパパに紹介しなさい。ん?」
「プッ、由宇奈ったらおかしいっ、なによ、私、パパなんて呼ばないわよ。いつも父さんって呼んでるもん、勝手な想像しないでよ」
良かった、なんとか間が保てた。
「ごめんね、でも伽奈も悪いんだから。伽奈が私とその男性とを天秤にかけるような事言うからからかっただけだよ」
ほっとしたのも束の間だった。一生懸命に言い訳をすればするほど心の中にできた隙間が広がっていく。伽奈の瞳を曇らせたくない、さっきみたいな顔をもう一度されてしまったらもう自分は平常心を保てないだろう。
「とにかくさ、伽奈さえ良かったら今度その人私に紹介してよ」
「えーそんなこと言ったてまだ私その男の人の事もちゃんと知らないんだよ」
「うん、うん、それは良く分かっているからさあ、仮にうまくいったらの話」
「分かった〜!もしうまくいったら由宇奈にも誰か紹介するね。あっ、でも由宇奈ほどの美人なら私が紹介するまでもないか...」
私は校門の前でずらーと行列作っているちんちくりんどもにはまったく興味がないの!!!
心の中でそう毒ずいてみせる由宇奈ではあるが表情には出さない。
「由宇奈は男の人つくる気はないの?」
伽奈は興味しんしんといった顔でそう質問してくる。
「ないっ!今は全然ないっ!まったくないっ!」
由宇奈はおもわずムキになって否定してしまう。
「そ、そうなの...。今日の由宇奈なんか燃えてるね。なにか気迫が感じられるよ」
く〜、この女は!これが伽奈でなくて他の女が言ったならあっさりと無視してしまうだろう。わざとボケているのだろうか?ああ、何故、私はこんな子を好いてしまったのだろう。不思議と伽奈がなにをしてみせても許せてしまいそうなのだ。伽奈のとろさも天然ボケ(?)も全部 気にいってしまうのだ。
 それから二人はしばらくの間とりとめのない話をいくつかした後 喫茶店を出た。
夏季のせいか夕方の6時になっても陽が沈まない。そのために渋谷の街並みは夕日を受けて淡い光を反射させていた。

続く。
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by tenkuunomachi | 2004-07-14 20:31 | ショート小説