日々、雲のように流れて行く事象。世界中はエアに包まれている


by tenkuunomachi
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『スノーホワイト℃』

 『スノーホワイト℃』

ープロローグー

『地位とか名声を得るという事はバベルの塔のようなモノだろう。望む望まないに関わらず虚構に満ちた世界だけが肥大化してしまい、それは傷を中心に広がる膿みのようなものである』

ー第1章ー

『欺瞞に満ちた世界の通過儀礼として』

「先生、展覧会にいらした評論家の稲垣先生が少しお話をしたいと言っていますがお時間はとれますか?」

僕の事務所の秘書を努める沢村由紀恵が少し遠慮がちに後ろから声をかけてきた。
夏の暑い西日が窓から差し込み、彼女のショートカットが似合う白い肌に柔らかなオレンジ色の化粧をほどこす。

由紀恵は紺色のパンツに同じく紺のストライブの入ったシャツを合わせている。必要以上に女である事を意識していない由紀恵の姿はきっと周囲にキャリアウーマン風な印象を与えるはずだ。

しかし、女性ならではの洗練されたお洒落は細部にまで行き届いており、見えそうで見えない上品な胸元からは金のネックレスがのぞいている。NYブランドで最近になって日本でもブームになっているのだが由紀恵は流行に左右される事なくそれを愛しているのだ。ブランドやファッションに疎い僕にはNYのブランドの名前やアクセサリーの価値などさっぱりだが、由紀恵のファッションが清潔感溢れる
事ぐらいは判っているつもりである。

 室内はクーラーがきいているはずだが、それでも少し湿気を含んだ空気が画廊を包んでいるようだ。由紀恵の右手には日焼け止めが汗で落ちないように顔をそっと拭いたハンカチが握られている。ハンカチには南国に生い茂る葉をモチーフにしたプリントが施されている。 

由紀恵が秘書志望として初めて事務所に面接に訪れた時から、身だしなみに私生活が感じ取れない。どこか虚飾に満ちた雰囲気だった。
僕が由紀恵を秘書として雇ったのは、彼女の経歴を見て判断したからだ。一緒に仕事をするようになり5年経つが、今まで雇ったどの秘書よりも有能である。

 由紀恵とは対照的に僕の身だしなみといえば、肩まで伸びたボサボサの髪の毛、35歳を迎えたものの、20代前半に映る自分には少し不似合いな不精ヒゲ、ややくたびれた襟の開いたシャツに、若干ゆるめのチノパン。足下は履き潰したローファー姿である。
視力が衰えてしまい眼鏡をかけているが、眼鏡だけはインテリな印象を与えるフレームである。 由紀恵が今回の15回目の展覧会記念としてプレゼントしてくれたのだ。

「先生、稲垣先生には色々とお世話になっていますし、是非お合いするべきだと思いますが」
由紀恵は事務所のロッカーにあらかじめ用意してあるスーツを取り出す。口調こそ控えめだが裏腹に行動はキビキビとしている。無言の催促のようにも受け取れる。

「あぁ、判った、沢村君、じゃあ先生にコーヒーをお出しして応接室で待っていてくれるようにしてくれるかな?すぐに着替えるから」

由紀恵は言葉を最後まで聞き取らないうちに部屋を出ていってしまった。
替わりにテーブルにはノリの利いた白いワイシャツとカフスボタン、シックな紫色のスカーフに薄いベージュ色の上下のスーツ、モノトーンの靴下、それに磨きあげられた新品の革靴と靴ベラが置かれてある。
衣類の側には走り書きのメモが残されており『稲垣先生の前ではくれぐれも神経質な態度を出さないで下さい』と書かれている。彼女の筆跡こそやや神経質な尖った印象を受けるが・・・。

10分としないうちに私服からよそ行きの服装に着替え、髪の毛をヘアバンドで後ろに結んだ。
自分の全体像や顔を鏡でチェックしてみて不精ヒゲが少し気にかかったが、自分の作品こそが評価されるモノであり、顔だちや振る舞いで評価されるモノではないと考えている。ウエストが絞られたスーツは華奢の印象を醸し出しているが、そんな事はどうだっていい事実だ。

僕が応接室に顔を出すと、狐のように目を釣り上げた稲垣が満面の笑顔でソファから立ち上がる。
それをすぐに由紀恵が『お構いなく』と止めるが稲垣はとってつくったかのようなおじぎをしてくる。
毎度の事だが、本音と行動がバラバラな人間にはうんざりする思いだ。稲垣が本当は僕の作品や僕自身をどう感じているのかは知らない。不遜ないい方をすればあまり興味がない。ただ、こちらが頼んだ覚えもないのに妙に媚びて来る態度が鼻につく。噂によればかなりの評論家であり、彼の発言は色んな作家に大きな影響を与えているらしいが。

僕もおうむのようにそっくりそのままおじぎを返すと、ゆっくりとソファに腰かける。
由紀恵はまるで晴れ舞台に立つ子供を見守るかのように僕に視線を一瞬だけ移し、何事もなかったかのように話を始め出した・・・。


ー第2章ー 

『内気で、やや神経質なのは幼少の頃からだったと回想して』

 僕が絵を描き出したのはまだ幼稚園に上がったばかりの頃だ。いつも仲良くしてくれる隣近所のおばあちゃんが手先の器用な人で、手作りのお菓子を作っては食べさせてくれたり、当時体の弱かった僕に絵の描き方を教えてくれた。
その頃の僕は透き通るぐらい色白の肌で、夏でも長そでを着て皮膚を隠していた記憶がある。

当時、両親は僕に普通の男の子のように外で遊ぶ事を望んでいたようだった。
野球観戦が好きな父親は仕事がない休日になると、僕を近所の空き地に連れて行ってはキャッチボールをしようとさかんに勧めた。今思えばそれは良い父親像としてあったという事であろう。 
同じ血を分けた兄弟なはずなのに、僕より2つ下の妹はやんちゃな子で幼稚園にあがる頃には近所の子供達と空き地に行ってサッカーに参加して遊んでいた。

人見知りの癖があり、また体を動かすのがあまり得意ではなかった僕は、近所のおばあちゃんが顔を見せに来る時がほっと安らぐ時間であった。
おばあちゃんは土産がわりに僕と妹が喜びそうなお菓子や手作りの竹とんぼを持ってきてくれたが、妹はお菓子を貰って食べる事はあっても、それ以上おばあちゃんに関心を持つ様子はなかった。
 

 両親の僕に対する見方が大きく変わったのは僕が小学校に進学した時だ。
夏休みの課題で描いた自分の絵が学年コンクールで最優秀作品に選ばれると両親は僕をものすごく誉めた。どちらに似たのだろうか?と両親はさかんに喜んでいたが、幼稚園生の頃の土台があってそれが開花したのだろう。
それをきっかけに内気気味だった僕も自分に一つの自信を得る事ができ満足だった。

ー第3章ー

『トンネルから差し込む光を追いかける衝動こそが情熱であったと思う』

高校に上がる頃になると将来は芸術関係の大学に進みたい気持ちがいよいよ強くなりだした。
その頃は僕の身だしなみもさっぱりとしていて、白いワイシャツに学生ズボン、校則で指定された髪型にしていた。クラスの中では決して目立つ外見ではなかったが、絵が描ける、賞を貰う腕であるという事は自然と自分のアピールになった。

成長期まっさかりの学生達が部活に精を出したりバイトで小遣い稼ぎをしている時に僕は美術指導をする予備校に通っていた。父親は将来設計を考えたらどうだと諭してきたが、社会の構図など何も知らない僕には、父親が理想とする一般的なサラリーマン、一般的な家庭を築きあげる事に何の明るい未来も感じられなかった。思えばおかしな話だとも思う。一般的な社会人の父が一般的な家庭を築いた御蔭で自分があるのに、そんな簡単な事ですら判らない、『自分だけは特別だ』という狭量な世界観が全てであったのだろう。

予備校で教えるデッサンの授業はもっぱらテクニックを教える事に集中していたが、大学受験を名目に教えている以上は当然の事だと受け止めていた。僕はデッサンの授業はそこそこに自由課題の授業に熱を入れていたが、講師の反応はいつもイマイチだった。

内気で体が弱かった僕も思春期を迎えると同時に少しはたくましくなり、男らしさが体に現れるようになった。恋人を家に連れ込んだのは妹の方が早かったが、僕も予備校という志を一緒にする学び舎の中で、一つ学年が下の高校生と一緒にデートをするようになった。
何もかも新鮮に感じられた異性との交流は垢抜けないもので、話す内容といえば好きな画家の話やお互いに進学したい大学の話ばかりで、男女のそれの関係には一度も進展しないまま自然消滅をした。
彼女の顔も今となっては思い出せないが、別れ際に少しつまらなさそうにふて腐れた態度を取ったのを覚えている。


ー第4章ー

『高い塔からは何が見えたのか』

希望通りの芸大に合格をし、僕は油絵科に進学した。
大学構内の学生達は中学・高校時代のそれとまったく異なり、あきらかに異質なファッション、個性的なファッションに身を包んでいた。

デザイン科、服装科の生徒がこ綺麗でブランドモノを好む傾向にあるのに対して、僕の進んだ油絵科はどこか世捨て人のような世間とは縁を切ってしまっている風情が漂っていた。
無事に現役合格を果たせた僕も校則から解放される事で、身だしなみに関心を払わなくなっていった。
髪を伸ばし出したのはこの頃からだ・・・。
そんな僕を見ていい雰囲気出しているじゃん?と妙な仲間意識を持つ学生連中が集まる事もあった。
レゲエのような髪型にしている学生や、丸坊主の学生、季節に関係なく登山帽子を被っている学生まで色々だった。

僕はいよいよ自分の描きたい絵を描けるんだ。という溢れ出す情熱に燃えていた。

しかし、ある日突然に筆を持てなくなってしまった・・・。
描けないのではなく描きたくないと感じだしたのだ。

初めて絵を描いた時の事を思い出した。
柔らかな日差しに長い年月を経た温もりのある家。
庭に咲き誇るひまわりの花。
ゆるやかな時を告げる時計の音。
縁台に置かれたひときわ小さな草履と、使いこまれて気持ち良さそうにしている少し大きな草履。
口の中に広がる和菓子の香り・・・。

それらはすべておばあちゃんの温もりだった。

しばらくスランプが続いたのちにおばあちゃんの家があった土地に足を運んでみた。

僕達兄弟に優しくしてくれたおばあちゃん。僕はよく一人でおばあちゃんの家を訪ねた。
いつも笑顔で接してくれたおばあちゃんであったが、身よりがなく一人で家に住んでいた。
たまに介護ヘルパーが訪れる事があったぐらいで、それ以外、特にうちの家族以外の近所と親しくしていた記憶がない。

僕が中学生になる前におばあちゃんはひっそりと他界した。
1度だけ撮った事のある写真には、勝気なポーズを取る小さな少女と、その隣でうつむいている少年、
その少年を優しくみつめるおばあちゃんが映っている。

おばあちゃんが存在した形跡を残しているモノは今となってはその写真と墓石だけだ。
昔は畑があちこちにあった土地に住宅が立ち始め、おばあちゃんの家のあった所には24時間営業のコンビニが出来た。

僕だけの特別な場所であったはずの思いでの場所は、1日中色んな人が出入りする空間に占拠され、
ひまわりの咲き誇る庭は駐車場になってしまった。

僕はいつのまにか退学する事を考え出していた。
そう、彼女に合うまでは・・・。

ー第5章ー

『消え去った温もりを補完するために』
 「銀蔵君っていつもどこかに孤独を抱え込んでいるように見えるけれどもどうして?」

※銀蔵(ぎんぞう)とは当時の大学生仲間が勝手に僕につけたあだ名だ。もっとも今はそれが気に入り本名ではなく『銀蔵GINZO』というペンネームで絵を描いているが。

僕に声を掛けて来たのはデザイン科に進んだ川瀬真希だ。真希は腰まで伸ばした茶色い髪と、165センチの身長に長い脚、少し色素が薄い茶色い瞳が特徴的だ。

僕は昼の食事の手を止めて彼女を見返しさりげない笑顔を浮かべた。

「そういう風に見せるところがまたなんか孤独を隠していそうだヨ。銀ちゃんの悪い癖だね」

真希は僕のポーカーフェイスをあっさりと見破った。そしてするりと僕の横に座り込んで来て肩をくっつけてきた。
妙に馴れ馴れしいというか、あまり人との距離を意識しない所がある。僕とは対照的だ・・・。

「僕が孤独を抱え込んでいたってどうだって川瀬には関係ないじゃないか」
僕がそう言って再び箸を取ろうとすると真希がまた口を挟んで来た。

「急いで食べると胃に悪いよ、それに川瀬って呼び方、なんだか他人行儀な感じで嫌だなぁ〜」

僕は再び箸を置き話を変える。
「真希さんは将来の夢とかあるの?どこかの大手広告代理店に勤めるとか」

その当時、僕たちはまだ大学1年生であった。
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by tenkuunomachi | 2004-07-14 20:33 | ショート小説